和尚のミニ法話

光照寺の和尚によるミニ法話をお届けします。

和尚様和尚様2

2020/04/08

コロナの影響で「瑞世」拝登取りやめに

当寺の若和尚さんは今日、大本山永平寺に瑞世(ずいせ)師として上山し、明日の朝課で大導師を勤める祝事に臨むはずでした。ところが本山から昨日電話があり、瑞世拝登が取りやめになってしまいました。もっとも永平寺では今月より、一般参詣者の堂内拝観を停止して外拝観のみとなっておりましたが、瑞世は受け付けるようでしたので、そのように準備してきたのに、残念無念。横浜鶴見の總持寺が緊急事態宣言により瑞世受付を取りやめたので、永平寺でも同様な措置をとったとのこと。
考えようによっては、感染リスクを避けることができたとも言えますが。
時期を見て再度の申込になります。

写真は、夕日に映える本堂前の桜。満開です。

 

2020/04/06

菩薩に出会う 3

ちょっといい話を新聞で見つけました。4月2日付け新潟日報「窓(投書欄)」より抜粋。
タイトルは「進んで手貸す子うれしい」『先日、市内のアイスクリーム店に行きました。注文し終わると若い父親と3人の男の子たちが入ってきました。(中略)私が家族の分もアイスクリームを受け取り出ていこうとしました。ドアの前で思わず「あっ」と声が出ました。ドアノブを回さないと外に出られないのです。両手にアイスを持ったままではドアノブを回せません。その時です。男の子の一人が素早く状況を察知してドアを開けてくれたのです。誰かに言われたからでなく、困った人がいたら進んで手を貸すことができる。そういう子に出会え、本当にうれしかったです。(後略)』
この男の子も菩薩様です。子供だって菩薩様なんですね。修証義に曰く、「・・・自未得度先度他の心を発すべし。この心を発せば七歳の女流なりとも四衆の導師なり。衆生の慈父なり。男女を論ずることなかれ」と。自未得度先度他(じみとくどせんどた)とは、自分は後回しにして他の人の幸せを先にしてやることです。
相手の幸せのためにスッとさりげなく行動を起こせる人はまさしく菩薩様です。きっと店にいたみんなの心が温かくなったことでしょう。

写真は本文とは関係ありません。当寺の永代供養墓と地蔵堂です。

2020/04/04

「おまえもな」ではなく「おまえこそな」でした

新型コロナウイルスの感染が止まりません。どうなってしなうのか心配です。月参りのお茶飲み話はもっぱらこのことばかりです。
あるお宅で言われました。「方丈さん、あなたこそ大丈夫なんでしょうね。私は外出しないようにして家にばかりいるけど、方丈さんはいろんなお宅に行くし、多くの人と会っているのだから・・・。」
言われてみればその通り。月参りの話し相手はお年寄りが多く、彼らにしてみれば私の訪問は心配のタネですものね。
マスクの効用がいろいろ言われていますが、自分が感染を広げないようにしなくてはなりませんので、お経もマスク着用ですることにしました。(でも息苦しくて大変ですが)

写真は、庫裏玄関の標示札です。アルコール消毒液が手に入らないので、来山者に手洗いをお願いしています。

2020/04/02

開花宣言

昨日(4月1日)光照寺も開花宣言です。
本堂前の桜は樹齢100年近くの古木ですが、脇から子が育って枝を広げています。やはり例年より10日近く早いのではないかと思います。
当寺の桜はこの他に大門左手の墓地の淵に5本あります。樹齢40年ほどでしょうか。また、六地蔵様の堂脇にしだれ桜があります。しだれの開花は少し遅いようです。
桜が開花するとうきうきしてきます。日本人のDNAのせいでしょうか。花見で一杯やりたいという単なる呑兵衛の血でしょうか。今年の花見の名所では宴会が自粛のようで残念です。当寺は名所でも何でもありませんが、結構見れますよ。お天気の良い日にどうぞおいでください。

2020/03/30

いつもと違う春彼岸

三寒四温で行ったり来たりの日々です。暖かい日に冬越ししたアジサイの鉢や苗を並べました。今冬は雪が無かったせいで葉が早くも広がってきています。
新型ウイルス対策で春の彼岸会法要はおときなし、参詣自粛としたせいで静かな一日となりました。近隣の寺院も同じような対応を取られたようです。
例年ですと、朝から典座寮(台所)でにぎやかな音かして楽し気な声も聞こえてきます。これを聞くといよいよ春が来たなと感じるのです。私は寺で生まれ育ったので「春の訪れは彼岸から」と感じてきました。でも今年は何だか変です。いつの間にか春になり、いつの間にか彼岸が過ぎました。
節目というのは大事なものですね。