和尚のミニ法話

光照寺の和尚によるミニ法話をお届けします。

和尚様和尚様2

2024/01/14

朝課の参詣

先日、朝4時に電話が鳴りました。告げ(どなたかの死去の連絡)かと身構えましたがそうでなく、「今朝のお勤めは何時からですか」という問い合わせでした。私が朝課を毎日行っていることをご存じの方が朝課に参詣したいのでとのことでした。5時半ですよとお答えしましたが、4時振鈴だと思ってそのまま朝起きしました。果たして、その方は時間においでになり、私の諷経を聞いておられましたが途中で自分の亡き妻の名も読み上げてくれとおっしゃいますので開山堂での祠堂諷経の回向中に読み上げをいたしました。ありがたがっていただきお帰りになりました。
さすがに4時の電話は困りますので、そのように申しましたら、行きたい時は前日の夕方に連絡をくださることになりました。
朝課の参詣は大いに結構なことです。(体調の関係や寝坊などでたまに休む時もありますが、少しハードルが上がりました。)
今の季節、朝課は5時半です。3月以降は5時になります。どうぞ電話なしでおいでください。

写真:地震で傾いた韋駄天様。ローソク、線香などの具足を置く台があったのですが、私の不注意で外れてしまいました。事の顛末は次回で。

2024/01/12

煙突掃除からパンタカへ

年末に私どもの住宅の薪ストーブの調子が悪くなり三が日明けまで使いませんでした。空気の吸い込みが悪く、明らかに不完全燃焼の症状でした。これは煙突の詰まりだろうと判断できたので、火災につながる前に使用を自重したのです。5日の日にストーブ屋さんから来てもらい、煙突掃除をしてもらいました。「こんなの初めて」とストーブ屋さんが言うほど大量のススが煙突から出てきました。煙突の先端にもスス溜りがあって、ここにも大量のススが。薪ストーブを購入したときからずっと、「乾いた薪を使いなさい。時に高温にしてススを燃やしなさい。そうすれば10年は煙突掃除不要です。」と言われていて、わかってはいたのですがケチ根性が働いて低温でトロトロと燃やしたり、待ちきれずに乾燥不十分の杉材ばかり使っていました。今回再び乾燥と高温について指導を受けた次第です。掃除完了後のストーブはすこぶる快調で、バーナーのようにゴーという音がするほどの燃え方で、そういえば最初はこうだったなと久しぶりの感覚が戻ってきました。

お釈迦様の弟子のパンタカ(周利槃特ともいう)という人は、愚鈍で自分の名さえ覚えられないほどでした。お釈迦様は一本のほうきを渡して「掃除をしながら『塵(ちり)を払い、垢(あか)を除かん』と唱えよと言いました。パンタカは毎日毎日ほうきを手にし唱えていました。何年も経ったとき、掃除すべきは自分の心に積もった塵と垢だと気づき、それを捨て去ることで悟りを開きました。
心の塵と垢とは、長年の間に作り上げてしまった『偏った見方や思い込み、執着する心』のことです。
煙突の詰まり汚れは外から見えません。心の塵と垢も外から見えません。汚れたままにしておくとストーブ同様、不完全燃焼の人生となるかもしれません。煙道火災を起こさぬうちに今すぐお手入れを。

写真:塵を払い垢を除いた薪ストーブ 快調です。

 

2024/01/11

門松はいつまで?

写真は須弥壇上のお供え飾り餅。飾り紙は先住様が切って作ったものをまだこうして使っています。一年にこの期間だけしか使いませんので、まだまだ数年は使い続けるつもりです。
今日11日は鏡開きの日ですので、お飾り餅は本日撤収しました。(本物の餅ならば切って食べることになるのでしょうが・・・。また年末にお会いしましょう。)
さて、餅は本日で撤収ですが、門松はいつなのでしょう。「松の内」というのは7日までですのでこの日でしょうか。小正月の行事も古来からあるので15日まででしょうか。一月を正月とも言いますから一月いっぱい飾っておいても?(手紙の日付で正月〇日と書いたりもします。当寺の過去帳にも古い仏様には正月〇日とかいてあります。)
よくわからないのですが、私は近所の皆様に倣って小正月が終ったらにしようにしようと思っていますが。

2024/01/10

祖院の被災状況をYouTubeで見ました。

能登地震から時は刻々と過ぎていますが、いまだ被害の全容はつかめぬままのようです。不明者もまだ多くおられ、何もできない私はTVの前で歯がゆい思いをしているのみです。
発生当初から祖院のことが気にかかっていました。輪島市門前町にある宗門の大本山總持寺祖院。平成19年の能登半島地震で大きな被害を受け、14年かけて修繕復興を進めて、令和3年に完全復興宣言をするとともに落慶法要が営まれた祖院です。今年は開創の太祖瑩山禅師の700回大遠忌の年に当たります。私は昨年の6月に祖院で行われた700回大遠忌予修法要に参詣するご縁をいただき、教区の護持会長さんとお参りをさせていただきました。とても美しく整えられた伽藍に感動したものです。(祖院復興に当たっては、我々末端寺院も寄進という形で協力いたしました。)
この度の様子についてYouTubeでアップされているとのことでしたので、早速見てみました。惨憺たる状況です。役寮さん、雲水さんらは無事のようですが、画面に映し出される有り様に残念で悔しい思いです。門柱が傾き浮き上がり、灯篭が倒れています。山門へと続く石畳がめくれ上がっています。塔頭の芳春院が、手指を浄める浄水舎がペシャンコです。山門から香積台に続く回廊が全壊しています。等々  太祖堂は、その内部はどうなっているのでしょう。気がかりです。 
本日付けの中外日報web版では、「曹洞宗寺院は、北陸4県で全壊10ケ寺、伽藍の一部損壊は51ケ寺を数える。總持寺祖院は回廊の全壊など伽藍全体に及んだ。」とあります。石川県宗務所長屋敷老師は「17年前に戻ってしまった」と嘆いておられたそうです。
大本山永平寺はお父さん、大本山總持寺はお母さんと教えられて育ってきた私は、母の大病におろおろする仔犬のようなものです。

写真:被害を伝える日テレニュース(YouTube画面)。アナの左後ろが山門。右手に全壊の回廊、その奥に香積台が見えます。

 

2024/01/09

左右揺身(さゆうようしん)

坐禅の開始時と終了時には「左右揺身」と言いまして、体を揺らす動作をします。開始時には左右に大きく上身を数回揺らし、次第に揺れ幅を狭めて中心でピタッと止めます。身体をリラックスさせると同時に身体の中心線を決める動作です。「体をまっすぐにすれば心もまっすぐになり、行いも、言うこともまっすぐになる」これは故宮崎奕保禅師の言葉です。そのまっすぐにするための第一歩が左右揺身です。
坐禅の終わりの左右揺身は開始時とは逆で、まっすぐの体を少しずつ左右に揺らし、次第に大きく揺らして体のコリや緊張感をほどきます。仏の身から俗世の身に帰る動作と言えるかも知れません。
元旦の大地震の時、私は茶の間で客人と一杯始めたところでした。部屋中がガタガタ揺れ始めたとき、写真の花器が揺れ始めました。この花器は写真のように根元が細くなっていて安定感に欠けるので、少しの揺れで倒れること必至です。私は倒れて水浸しになり花が散乱することを覚悟しました。しかし、少しずつ揺れながら揺れ幅が大きくなり、右に左にとまるで曲芸師のようです。地震の揺れが収まるにつれて花器の揺れ幅も小さくなり、最後はピタッと止まりました。まるで花器が左右揺身しているようでした。(この様子を見ていた私は大地震の最中一体何をしていたんだとは思いますが・・・)
びっくりした出来事でした。