「いつ、どこで倒れたり事故にあったりするかもしれないんだから、いつも身ぎれいにしておくんですよ。」と家内からよく言われます。「風呂に毎日入って、下着もきれいなものにして、それから・・・」とこと細かく具体的に言われています。「私が恥ずかしい思いをするんだから」とも。
このところ近所で、突然亡くなる方の知らせが続きました。元気だった人が病気が出て急に倒れたりしたケースです。不審死扱いで検死もあったとか。
そうなると家内の小言も、その通りだなと納得します。お化粧は身だしなみを整えることそのものです。ところが、高齢になってくると特に男性は身だしなみ(こぎれいにする)に気を使わなくなってきますね。かく言う私も「汚い、臭い」と言われても「それがどうした」という体で気に留めないことがままあります。困ったものです。
「心の身だしなみ」にも気を付けたいものです。
『慙恥(ざんち)の服は諸々の荘厳において最も第一なりとす」(遺教経)。 恥じること、恥ずかしいと思う心を身にまとうことはどんなきれいな服飾で身を飾ることより最も大切なことですよとお釈迦様はお示しです。恥じる心があれば、次はしないぞと明日への向上心が生まれてくるのです。
身と心とどちらもきれいにしたいですね。
写真:本堂の戸と上がり段、下足箱を塗装屋さんから塗り直しをしてもらいました。風雨と西日でかなり痛んでいましたので。お化粧したら見違えるようになりました。