和尚のミニ法話

「2021年07月」の記事

2021/07/11

雨を聴く

今朝の坐禅会はNさんとMさんのお二人が参禅されました。お二人とも3週連続です。
坐禅中にけっこう強めの雨が降ってきました。雨に気持ちを寄せていくといろんな雨の音が聞こえます。トタン屋根を叩く音、地面を叩きつける音、樋に集まった雨が側溝に注ぐ音、強まったり弱まったりで変わる山の音・・・。
しばらくすると、やがて意識は雨から離れ別のことを思い始めます。雨の音は気にならなくなります。聞こえなくなっていると言ってもいいようです。雨と一緒に坐っている感じです。

大茶の間に鎮座している達磨様、柱の掛け軸には總持信隆禅師の書で「閑坐聴松風(閑坐して松風を聴く)」とあります。今日の坐禅はまさしく「閑坐聴雨音」でありました。
また、あるお寺の伝道掲示板に「山があれば山を観る、雨に逢えば雨を聴く」とあったのを思い出しました。
一炷坐り終える頃には雨は上がりました。

写真:裏山の様子です。写真左手のあじさいは去年定植していただいたばかりですので背丈が低く草に埋もれています。

 

2021/07/10

母の恩

あじさい:終盤戦です。月曜日辺りから花切り作業に入ります。

今日お見えになったご婦人の話です。あじさいの見物の方でしたが故あって地蔵堂へお連れしました。光照寺の地蔵様は羽生田の地蔵様と同じ満米上人の御作であること、子の健康と無事の成長を願って子を地蔵様にいったん預け、再び地蔵様から授かった子にする取子(とりご)という風習があったこと、などの話をしましたら、そのご婦人は私の話をを聞きながら泣きだされました。
「自分の小さいとき、母は私を背負って羽生田の地蔵様によくいっていたそうです。私が病弱だったからでしょう。私の名前は本当はN子と言うのですが羽生田の地蔵様からA子という名をもらって、今もA子で通しています。なんで名前が二つあるのか小さい時から不思議でした。今日方丈さまからお話を聞いて、母がどれほど苦労したか、私を愛してくれていたかに思いをいたすことができました。」と。
地蔵様の導きによる縁をお感じになりながら山門を後にされました。

写真:「大島緑花」の開花です。装飾花は今後白い線が入ります。両性花は濃い青色になっていきます。実にレアな品種です。今年は咲かないかもと思いましたがようやく開花しました。(レアで貴重ですが綺麗という観点ではどうかな。綺麗かどうかは人それぞれですから。)
 

2021/07/06

十二単衣(ひとえ)が咲くと・・・

あじさい:終盤戦です。

遅咲きの「十二単衣(ひとえ)」が咲きだしました。もやっとした感じの、肉厚な花びらが特徴です。(いい表現が見つかりません)
と言うことは、あじさいの季節も終盤戦ということです。「あじさい百種」を謳う光照寺のあじさいは、「霧島の恵」に始まって「十二単衣」で終わります。
早咲きの品種はかなり花が色褪せてきましたので、切り戻しの合図を送っています。今日から花の切り落としと剪定作業に入りました。7月の20日頃には全部の鉢や株の選定を終えたいと思っています。来年のための作業です。

 

2021/07/05

あじさいと雨

あじさい:鉢植えは終わり近し。まだの方、お早めに。

昨夜からずっと雨。けっこういい降りです。梅雨の大雨、熱海の土石流のニュースに心を痛めています。
この雨だから今日はどなたもおいでにならないでしょうと思っていましたら、朝早くからカメラを手にした方がご来山。「先日も来たのですが、雨の日のあじさいはずっといいものだと思い来ました。」とのことでした。あじさいは雨に映える、まさしくその通り。特に葉の緑が花を引き立ててくれています。
昼頃より小降りになりましたので、同じ思いからでしょうか、何組かおいでになりました。
写真のように傘もよくマッチしています。

2021/07/04

坐禅会に多くの参禅者が。

あじさい:終わり近し。まだの方、どうぞお早めに。

今日は6時からの坐禅会に6人もの参禅者がありました。初参加の方が3人、先週からの方も引き続きおいでくださいました。私と智玄さんを合わせて8人です。「坐蒲が足りない」と思いましたが、お一人は椅子坐禅でしたので何とかセーフ。いつもは極少人数で坐っていましたので、今日は大きな行持のようになりました。警策を入れず40分一本勝負。初めての方はお疲れでしたでしょう。
毎週日曜日の坐禅会ですが、「来たい時に来る」これが光照寺流です。皆様にそうお伝えしたらほっとされておりました。
あじさいが縁で仏道修行の仲間ができたこと、とても嬉しく感じています。
写真:坐蒲を押してふっくらさせています。